腰巻地蔵

20150202_jizo.jpg富来(志賀町)の人ならだれでも知っている福浦の腰巻地蔵ですが、本来の腰巻地蔵はどれだったか知っていますか? 「本来の腰巻地蔵」ってどういう事と思う人が多いのではないでしょうか。 私も恥ずかしいのですが3日前までは知りませんでした。

先日、「北前船風待湊・能登の福浦の腰巻地蔵」というテーマで、福浦の福専寺住職(松山宗惠)さんのお話を聞く機会があり、そこでお話を聞いて初めて知りました。

元々の腰巻地蔵は、写真の白い枠で囲った部分が腰巻地蔵だったんですね。 その前にある小さな可愛い顔をした地蔵さまが腰巻地蔵だと信じて疑っていませんでした。

高さが170cm、幅が60cmの大きな石板(石版)に地蔵菩薩が浮き彫りにされていたのですが、現在では永い年月の風化によってその姿を伺い見ることはできません。

腰巻地蔵の石板の前に置かれた地蔵様は、後年(昭和)になってから移設されたようです。 近くには、いつとはなく「極楽坂」と呼ばれるようになった無縁仏のお墓があります。 北前船の航行中に、病死や海難事故で亡くなった他国の乗組員や身寄りのない遊女達を埋葬した墓地で、今でも地元の人達によって墓地の脇に建つ六地蔵の祠は守られていました。(◆写真クリックで拡大)

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