福島原発事故の現地報告

20111112_isimaru.jpg 4日前の北陸中日新聞に、福島大が福島県双葉郡八町村の全世帯を対象に行った調査結果の記事が出ていました。

「元の居住地へ戻る気は無い」と回答した人が27%と、全体の1/4の人が「除染が困難」なことを理由に故郷を去る事を考えているとの内容でした。

そんな折、「福島原発40年と私たちの未来」と題して、双葉地区原発反対同盟代表の石丸小四郎氏の講演会(現地報告会)が羽咋公民館でありました。

現実に起きてしまった原発事故、そしてその周辺住民の困窮の実態を報告しました。 「絶対に起きない」と信じていた原発事故、すべてが「想定外」の一言で片づけられては・・・。
そもそも、想定自体が都合の良い条件の基で計算されたのではなかったのか。

”私たちの未来は一部の学者の意見のみで左右されてはならない。 私たち一人一人が自らの未来を築いていかなければならない。”・・・の言葉の意味は大きいと思います。


2011年8月23日 毎日新聞の「みんなの広場」投稿記事より
原発事故がなかったら

原発事故がなかったら、いわきの浜は海水浴の子供たちで、波よりも高い声がこだましていただろう。 会津は多くの観光客であふれ、町はごった返すほどにぎやかであったろう。 飯盛山では白虎隊の話に涙を流し、猪苗代湖畔では野口英世の生き方に心を奮い立たされたであろう。
田舎に親子で帰った子どもたちが、祖父母の畑でとれたスイカやトマトに舌鼓をうったことだろう。 里山に出掛けて、カブトムシを探し、野原をかけまわり、トンボやバッタを追いかけたであろう。
ヒグラシの鳴くころは迎え火をたき、震災で亡くなったり、津波でさらわれた人たちの御霊を迎えたことだろう。 夜になれば庭で幼い子どもたちが線香花火に興じたであろう。
牛小屋では大きな牛がなき、鶏小屋では真っ白い卵がとれたであろう。
原発が憎い。 何もかも奪ってしまった原発が憎い。 
原発事故さえなかったら。

桜貝が打ち寄せる美しい増穂ヶ浦の対岸には志賀原発の高い煙突が2本見えます。 想定外の事故も想定しければならないのかと思うと、福島の原発事故が志賀町の未来にならないようにしたいものです。
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